会社員から大学教員へ ―品質保証の責任者が働きながら博士号を取り、49歳で大学教員になるまで


36歳で大学教員を志し、働きながら博士号へ

アメリカのアリゾナ大学での共同研究をきっかけに、36歳の頃、私は大学の教員を志すようになりました。しかし当時の私は博士号を持っていませんでした。大学の教員になるには、まず研究実績を積み、博士号を取得する必要があります。

そこで会社の了承を得て、働きながら博士号の取得を目指しました。昼間は会社で仕事をし、夜は毎日コツコツと論文を書く生活を続け、40歳で博士号を取得しました。

50校近い公募と、研究実績の壁

博士号を取得してからは、大学教員の公募に応募を続けました。応募には研究業績、研究計画、教育に対する考え方などをまとめた書類が必要で、仕事と並行して一つ仕上げるのに1週間ほどかかります。しかし結果は、ほぼすべてが不採用でした。応募した大学はおおよそ50校にのぼります。

大学教員の採用では、直近5年程度の論文など、最近の研究業績が重視される場合が多くありました。一方、会社でマネージメントの立場になるほど、自ら研究を行い論文を書く時間は限られていきます。会社での責任が大きくなるのと引き換えに、研究実績は古くなっていくという難しさがありました。

品質保証と技術を統括する立場で

その間も、会社の仕事には全力で取り組んでいました。大学教員になる直前には、品質保証や特許などの技術を統括する責任者を務めていました。このまま会社に貢献していこうと、前向きに考えていた時期でもあります。

49歳で母校の大学教員に

博士号を取得した際に報告していた母校の先生から、約9年後、大学教員のお話をいただきました。一番働きたかった母校で、49歳で大学教員になることができました。正式な採用通知から着任までは1ヶ月半ほどしかなく、会社には後任探しや体制づくりで負担をおかけしましたが、当時の社長には最終的に気持ちよく送り出していただきました。

大学教員になってからも続く、企業とのつながり

大学教員になってからも、前の会社とは共同研究などでお付き合いが続いています。私が大学で育てた学生が、その会社に就職することもあります。会社を離れても関係が終わるのではなく、大学という立場から新しい形でつながり続けています。

技術、仕事の進め方、そして人との付き合い方。今の私があるのは、企業での経験があったからです。大学での研究と企業での実務の両方を知っていることが、今の活動の土台になっています。

La quaLabについて

La quaLab では、半導体製造技術や精密洗浄、静電気対策などを中心に、企業の技術開発や品質改善のサポートをしています。大学での研究と企業での実務経験を生かし、皆さまと一緒に技術課題の解決に取り組んでいます。技術相談や共同研究については、本サイトのお問い合わせからお気軽にご相談ください。

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