
結論:能力が高いことと、生きやすいことは別物
ギフテッドについての記事を読んで考えたのは、能力が高いことと生きやすいことは、まったく別物だろうということでした。突き抜けた能力が、必ず幸せにつながるわけではありません。そして、一つの分野で突き抜けていなくても、分野と分野をつなぐ力もまた一つの能力だと考えています。
突き抜けた能力への憧れ
筆者はギフテッドという言葉に、少し憧れがあります。大学には、質問にすぐ答え、驚くような発想をする頭の回転の速い先生が多くいます。ストリートピアノの動画では、演奏が始まって数分後には周りに人が集まり、ダンスしたりして、とても幸せそうです。一つ明らかに突き抜けた能力を持つ人に、昔から強く惹かれてきました。
一方で、ギフテッドと呼ばれる方が生きづらさを感じたり、周りと合わずに苦労したりすることも理解しているつもりです。筆者自身はギフテッドではなく、これまでの人生で、間違いなくギフテッドだと分かる人と深く付き合った経験もありません。そのため、当事者の気持ちが分かると言うつもりはありません。
「広く8割9割」というタイプ
筆者はいろんなことを8割9割まで器用にこなせる一方で、「これだけは誰にも負けない」という能力はない、と感じています。突き抜けた人への憧れは、自分が真逆のタイプであることの裏返しなのかもしれません。
| タイプ | 特徴 | 音声で語られた見方 |
|—|—|—|
| 突き抜けたタイプ | 一つの分野で明らかに突出した能力を持つ | 憧れの対象。ただし、その能力が周りと合わない原因になり、学校や社会の仕組みと合わなければ苦しいこともある |
| 広く8割9割できるタイプ | いろんなことを比較的器用にこなす | 突き抜けた能力はないが、分野と分野、専門家と専門家をつなぐことができる |
分野をつなぐ「80%×80%」の力
広く8割9割できるタイプに価値がないかというと、そうではないと考えています。筆者は、研究と企業をつなげることを得意としてきました。それに伴って、技術と社会をつなげる、AIと半導体をつなげる、専門家と専門家の間に入って話をつないでいく。こうした「80%×80%」の掛け合わせも、一つの能力だと思います。
憧れながら、自分の能力の形を受け入れる
突出した能力への憧れは、これからも変わらないでしょう。それでも、自分が持っている80%、90%の能力の形を、少しずつ受け入れていけばよいのではないか。それが今回の結論です。
La quaLabについて
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