エンジニアから大学教授へ ―陶芸家になった同級生と歩んだ、全く違うキャリアの話


勉強が好きではなかった二人が、大学教授に

高校時代、勉強があまり好きではなかった二人がいました。一人は私、もう一人は中学・高校が同じだった同級生です。通っていたのは中堅の進学校で、私は理系の中でも勉強があまり好きではない人が集まるクラスに、彼は文系の似た雰囲気のクラスにいました。高校2年生ぐらいで、彼はサッカーを、私はテニスをやめています。

その二人が、40代の終わりに、そろって大学教授になりました。しかも、そこに至るまでの道のりは全く違います。

陶芸家として海外を渡り歩いた同級生

同級生は美大に進学し、陶芸の世界に進みました。陶芸家として活動し、海外を渡り歩いて修行したり、窯を作ったりしてきました。家族を持ちながら、中東のほうで赤い土を研究し、自分に合う陶芸の道を追求していたそうです。今もその窯を運営して作品を作りながら、東京の美大で教授を務めています。

会社員エンジニアから、博士号を取って教員へ

一方の私は、会社に入ってエンジニアとして働いてきました。一般的には地味な仕事を、コツコツと続けてきたわけです。大きな転機は、35歳か36歳のときにアメリカの大学で研究する機会を得たことでした。そのとき大学の教員になりたいと思い、博士号を取って、教員になる道を歩み始めました。

同じ大学教授でも、学生の将来の見方は違う

以前、高校時代の友人の家族と一緒に食事をした際、高校から大学に進学するお嬢さんが「アニメーションの仕事に就きたい」と話し、大学に勤める私たち二人が相談を受けたことがあります。

美大の教授である同級生は、まず「どういうことが好きなの?」と尋ねました。デッサンなのか、アニメーションを描くことなのか。絵を描くことなのか、三次元でものを作ることなのか。一つ一つ細かく聞いたうえで、「こう進めばいい」と答えを示すのではなく、こういう生き方も、こういう道もあると、道しるべを示したのです。

私が教えている工学系の大学では、卒業生のほとんど(150人いれば148〜149人ほど)が企業に就職します。一方、美術の大学には、作品を作り、自分自身を表現して生きていきたいという学生が多いのでしょう。学生の将来を見る視点が異なるのは自然なことであり、同じ大学教授でも考え方は本当に違うと感じました。

違う道を歩いても、同じような場所にたどり着く

大学教授になることが人生の成功だとは思いません。陶芸家として生きるのも、会社員として働くのも、大学で教えるのも、それぞれに違った面白さがあります。大切なのは、それに気づいているかどうかではないでしょうか。

高校時代の自分が、その後の人生を決めるわけではありません。全く違う道を歩いていても、同じような場所にたどり着くことがあります。

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